谷川俊太郎さんが92歳(2024年11月13日)でお亡くなりになりました。
最後にお書きになった詩「感謝」(朝日新聞「どこからか言葉が」2024年11月17日掲載)を読みました。その内容から、羨ましいほど穏やかな旅立ちであったことがわかります。
谷川さんとの出会いは、15年位前の事でした。
当時私は、友人のスウェーデンのデザイナー オーレ・アンダソン(Olle Anderson)が書いた“Rooms for Care”と言う英語の本を、バリアフリーコンサルタントの小島直子さんと訳していました。
小野由記子さんのご尽力により、日本インテリアデザイナー協会の創立50周年記念事業の一環としてこの本の翻訳版を出版することになっていたからです。
オーレは、病院の設計をする中で、医療関係の人とデザインや建築関係の人との話が通じにくいことを知りました。そこで、建築についてわかりやすい解説本をつくろうと決めました。
“Rooms for Care”は、赤・白・黒の3色だけを使い、彼の描くユーモラスなイラストで構成されていました。私たちは日本でも同じようなことが起こっていると感じ、この本を翻訳することにしました。
その中で私がどうしてもうまく表現できない、手書きの見開きページがありました。
Design is meant to serve people
—all kinds!
と言うシンプルな言葉です。
「デザインはすべての人々のためにある」みたいなことですが、これをただ日本語に翻訳して手書きにしても、見開きページをうまくデザインすることができません。
この意味を素敵な言葉にしてくれる人はいないかと、友人の編集者 松井晴子さんに相談したら「谷川俊太郎さんでしょ!」と即座に答えてくれました。「はあー!?」 そんなこと言われてもなぁ、と思いました。
そんな時、松井さんが編集された『小さな建築』(富田玲子著、みすず書房)が出版され、《『小さな建築』をめぐる千夜一夜》という記念シンポジウムが、3つのキーワードに基づいて3回開催されました。
第1回目は「子どもの居場所」というタイトルでした。
私はそのシンポジウムを聞きに行きました。
登壇されたのは、著者ご本人であり建築家の富田玲子さん、谷川俊太郎さん、教育学者の佐藤学さんでした。
「あらー! 谷川さんだ」と思いながら、「どうしよう?」と松井さんに相談しました。
「ダメ元で聞いてみればいいじゃない」と背中を押してもらい、シンポジウム終了後、恐る恐る谷川さんのところへ行き、「かくかくしかじかでお願いできないでしょうか?」とずうずうしくもお願いしてみました。
「いいですよ! ここに送ってください」 と、谷川さんはファックス番号を教えてくださいました。
早速、問題の言葉を送りました。
3日ほど経って、谷川さんから言葉が送られてきました。その言葉を見た共訳者の小島さんは、少し困った顔をされました。
谷川俊太郎さんという巨匠にそれをどう伝えるかを悩んだ末、 娘に相談すると彼女は「共訳者の小島さんが考えている、こういう言葉を使って欲しくないというリストを送ったらどう?」とアドバイスしてくれました。
そこで小島さんにそう伝えると、すぐに30個ぐらい使いたくない言葉が出てきました。
たとえば「障がい者」とか「優しさ」「思いやり」「助け合い」などなど、福祉分野でよく使われている言葉が「使いたくない言葉リスト」に並んでいました。
私は「使いたくない言葉リスト」を谷川さんに送りました。
リストを送ってからまた3日ぐらい経って、新しい言葉が送られてきました。「なんて素敵な言葉!」まさに私たちが望んでいた言葉でした。
本当に本当に素晴らしい言葉を贈ってくださいました。
その後、谷川さんが主催された呼吸法のセミナーに小島さんと参加して、改めてご挨拶をした時、「あー、あなたでしたか、相棒は」と笑顔で話されました。谷川さんの作った言葉に難色を示した人のことが、印象深かったのだと思います。
次なる難題はいくら謝礼を払えばいいかということ。
松井さんに聞いてみると「100万じゃない?」とさらりと答えてくれました。
もう書いていただいてしまったのだから借金してでもなんでもお支払いしなくてはならない、と覚悟を決めて、また谷川さんにファックスしました。「おいくらお支払いしたらよろしいでしょうか?」と。
阿蘇の娘の家にいた私に「紗栄子さーん、なんとか川さんから電話」と、婿殿が取り次いでくれました。
「もしもし」
「谷川です!」
きゃー、どうしよう!?
「お金ないんでしょ?」と、谷川さんは聞いてくださいました。
「はい」と、私。
「いいですよ、ワインで」 なんとかっこいい!!!!
そしてこんなことも。「僕はこれをコピーライターとして書きました。どう使ってもいいですよ」と。
谷川さんからいただいた言葉は、『Rooms for care からだとこころのケアデザイン』 (公益社団法人 日本インテリアデザイナー協会)日本語版の巻頭を飾りました。
日本インテリアデザイナー協会の50周年記念シンポジュームに招いたオーレに、谷川さんのこの言葉を、私の拙い翻訳で伝えました。彼は谷川さんのことを調べたようで「紗栄子、どうしてこんな偉い人に言葉を作ってもらえたの?」と聞かれました。
オーレとの夕食会にお誘いしましたが、残念ながらいらしていただくことはできませんでした。その代わりにと、デンマーク語に訳された谷川さんの絵本を2冊送ってくださいました。
「デンマーク語とスウェーデン語は似ているのでよくわかる」と、スウェーデン人のオーレは言っていました。
あれから15年。
専業米農家の娘夫婦が作った新米を、毎年谷川さんに感謝の気持ちの年貢としてお送りしてきました。ご丁寧なお礼のおハガキもいただきました。
ある時、谷川さんが玄米を召し上がっていることを知りました。
熊本に講演にいらした谷川さんに、娘とお目にかかりに行きました。「来年からは玄米をお送りします」と申し上げたら、「そうしていただくとありがたい」と言ってくださいました。
今年も年貢を納めましたが、召し上がっていただけたかどうか?
谷川さんの言葉は、私たちにとって宝物です。
その後設立したケアリングデザインでも、大切にこの言葉を使っています。
これからもずっと使い続けさせていただきたいと思っています。
私はこのことを通じて、真っ直ぐに強く願えば、どんなことも実現するということを再確認しました。
谷川さん、本当にありがとうございました! ご冥福をお祈りします。