独身男性の台所での行動を調査するために、スウェーデンの家庭調査協会から、ノルウェーの田舎町にトレーラー付きの車で送り込まれた調査員フォルケ。
調査員は、独身男性イザックの台所の片隅に監視台を設置して陣取り、調査対象であるイザックのあらゆる動作をノートにメモしていくのですが、客観性を保つために厳しい調査ルールがあります。
それは、調査員は対象者と「お互いに会話をしてはならない」「いかなる交流ももってはならない」というもの。
狭いキッチンでこのルールを頑なに守る調査員フォルケ、監視台に鎮座する調査員が同じ空間に存在することが気に入らない老人イザック。
そんな二人が、少しずつ少しずつ距離を縮めていきます。
映画『キッチン・ストーリー』では、ハリウッド映画的な大きな事件は起こりません。
ただ、老人イザックの毎日の簡素な暮らし、食事、ノルウェーでの暮らしが、小さなスケッチのように積み重ねられていくのです。
老年期の静かで滋味溢れる暮らしの風景には、どこかデヴィッド・リンチ監督の老年映画『ストレイト・ストーリー』に共通したものがあります。
老人フォルケのキッチンは狭くて古いながらも、数少ないキッチン用具にすぐ手が届くコージーな雰囲気。
フォルケはここでパイプを燻らして、コーヒーを飲み、一日を過ごします。
映画を通して、兄弟国ノルウェーとスウェーデンの文化差が少しずつわかるのも楽しいです。
特に印象的だったのは、2つのシーン。
トレーラーハウス暮らしの調査員フォルケが、スウェーデンから取り寄せた瓶詰めニシンやピクルス、缶詰のソーセージをテーブルに並べて夢中で食べていたシーン。
そして、ようやく距離が縮まってきた2人が、イザックの誕生日を正装して祝うシーン。
バーボンとケーキで祝いながら、「誕生日を祝うなんて何年ぶりだろう」とつぶやくイザック。2人の男性は、ぽつりぽつりと互いの話をします。
また、興味深かったのは、電話代のこと。
イザックの近所の友人は、イザックの家を訪れる前に必ず4回電話を鳴らして切ります。
電話代がかかるので、受話器をとらないのが2人のルール。北欧のシニアの暮らしも〝始末〟が大切なのですね。
ちなみに、ベント・ハーメル監督は、実際に発表されたスウェーデン家庭調査協会の「主婦の台所での動線図」(1950年)をモチーフにこの映画を発案しました。
1950年代の「主婦の台所での動線図」はどんなだったのか、元ネタにもあたってみたい気がします。
スウェーデンの監視員フォルケと、ノルウェーの独居老人イザックは、それぞれの国の名優。2人の名優の抑えた演技が、この映画を渋く輝かせています。
日本では2004年に公開された、少し古い映画です。いまならDVDなどで購入できます。
上の写真は、日本公開当時のパンフレット。緒形拳と串田和美の映画対談、今野雄二の映画評、採録シナリオまで掲載されていて、充実した内容です。
映画『キッチン・ストーリー』(SALMER FRA KJOKKENET/KITCHEN STORIES)
監督:ベント・ハーメル
主演:ヨアキム・カルメイヤー、トーマス・ノールシュトローム
2002年製作/95分/ノルウェー・スウェーデン合作
配給:エスピーオー