『ぼけますから、よろしくお願いします。』は、東京で活躍する映像作家の信友直子さんが、故郷の広島県呉市に住む両親を撮影し、大反響を呼んだテレビドキュメンタリーの映画化作品です。
85歳でアルツハイマー型認知症と診断されて自分の異変に戸惑う母と、93歳にして初めての家事と介護を担う父。その二人の姿を、自らカメラを持ち、ジャーナリストとして、そして一人娘として、丁寧に取材・記録し続けた本作は、好評を博して映画化され、公開から2年経ったいまも全国各地で上映され続けています。また現在は、YouTubeムービーやAmazonプライムでも配信中です。
実は、私にも本作のご両親と近い年代の、90代の父と80代の母がいて、実家でお互いを助け合って二人で暮らしています。観る前には、いわゆる認知症の負の面が映し出された辛いドキュメンタリーかと思っていた先入観は、よい意味で裏切られました。いえ、もちろん辛いのですが、作品全体を通した空気感には愛が満ちています。
子どもが親の老いに直面したとき、「どうして」「なぜ」という苛立ちが先だって、親に対して辛く当たりがちです。私もそうでした。でも、ほんとうは、そのことに直面している親の方が、自分自身に苛立ち、怒り、怖くて怖くて仕方がないのだ、と、布団を被って泣き叫ぶ母・文子さんの姿から痛感しました。そして夫婦だからこそ、取り乱した妻の姿に怒り諭す父・良則さん。その場面すら、カメラを止めることなく淡々と映し出す直子さん。でも彼女の言葉にもカメラを通した視線にも、常に二人への愛情が根底にあります。だからかもしれませんが、この辛いシーンですら、きちんと直面することができた気がします。
家族って、いつも楽しい時間ばかりではない、ときにこんな風にそれぞれの鬱憤や素の感情を吐きだしあうシビアな場面もある。同じような体験をしたことがある自分の家族に置き換えて、この辛いシーンを、固唾を飲んで見守っている自分がいました。そして、認知症のせいか、その後ケロッとした顔をしている母・文子さん。感情を吐き出したあとも必要以上に追い込まない父・良則さん。そうそう、家族ってこんな風にしていろんなことを乗り越えていくのです。我が家もそうでした。この映画が公開以来ずっと長く上映され続けているのは、すべての観客がどこか自分に置き換えて、「自分ごと」として捉えているからでしょう。
英語の勉強や新聞の切り抜き、自分の好奇心の赴くまま学び楽しみ、飄々と生きる良則さん。認知症が進む最中、娘の直子さんは実家に戻ってこようかと父に申し出ますが、父は「あんたはあんたの仕事をした方がええわい」と断り、認知症の進む文子さんの面倒を一人で見ていくと良則さんは言います。
一方、母・文子さんもまた「迷惑かけるね、迷惑かけるね」と言いながら、いままで切り盛りしていた料理や洗濯が出来なくなっていく自分の衰えに呆然としていきます。
衰えて変わっていく自分、それを取り巻く家族やまわりの環境。いまは老親と重ね合わせて見ている自分ですが、この姿は、いつか自分も辿る老いの道のりです。そのときに何ができるのか、できないのか。自分の老後を現実的に考える意味でも、ひとりでも多くの人に見てほしい映画です。
●その後の信友家のドキュメンタリーと書籍版『ぼけますから、よろしくお願いします。』
その後、映画公式のFacebookページで、脳梗塞で入院していた母・文子さんが今年お亡くなりになったことを知りました。チャーミングでユーモアのあるお母さまのいきいきとした姿が、この映画に収められていることがいまやかけがえのない宝物だと思います。
また、この映画のきっかけとなったフジテレビ「Mr.サンデー」で、その後の信友家のドキュメンタリーが以下の日時に放送されるそうです。
→2020年9月20日(日)22時〜全国フジテレビ系「Mr.サンデー」
※放送内容は、予告なく変更される場合があります。
映画のもうひとつのバージョンともいえる書籍版『ぼけますから、よろしくお願いします。』が、去年新潮社から出版されています。まだ未読ですが、映画では必要最低限に抑制して語っていた直子さんが、その心情を中心に語った内容となっているそうです。映画と書籍、その2つで完成する信友家の物語なのかもしれません。次回、この書籍も紹介したいと思います。
→信友直子著『ぼけますから、よろしくお願いします。』(新潮社)
【予告編】
この予告編の冒頭で、母・文子さんが「幸せだねえ、お父さん」といって乾杯する笑顔がとてもステキです。
ドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』
監督:信友直子
撮影:信友直子
撮影:南幸男
制作年:2018年
公式サイト:http://www.bokemasu.com/
※全国での上映会のほか、YouTubeムービー、Amazonプライムビデオにて配信中
Facebookページ:https://www.facebook.com/bokemasu
©2018「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会