妻を亡くしたその方は、40年暮らした家を取り壊して、息子さん夫婦と同居のための二世帯住宅にすることを決意されました。
白内障なので階段をはっきり見えるようにしてほしいという以外は、ご本人からのリクエストはありませんでした。しかし年齢を考慮し、いつ何が起こっても対応できるように、お風呂とトイレにバリアフリーの仕掛けをつくりました。ユニットバスは、脱衣室側との段差がない引き戸タイプ、脱衣室側と寝室側の両方にドアをつけ、どちらからも直接トイレに行けるようにするというものです。
ところがこれらの仕掛けがお気に召さないのです。
「なんで風呂と脱衣室の床が平らなんだ」「なんでトイレにドアが2つも要るんだ」と、すいぶんご立腹でした。
数年後、その方は脳梗塞で入院。ようやく自宅へ帰る段になり、医者から住環境について聞かれて、浴室とトイレの話をしたところ、医者が「完璧です」と言ったのだとか。
「初めて仕掛けの意味がわかったよ」そう言って、その方はごほうびをくださいました。
設計した者にとっては、やはり複雑な思いが残ります。「こんな不要なものをつくりおって」と、怒っている時間の長い方が、ご本人にとっては幸せなことなのですから。
でも、バリアフリーには、こういう保険の意味もある、というお話です。