引っ越しの日の朝、12歳の息子が荷物の消えた自室を塵ひとつ残さず掃除し、最後に思い出の詰まった部屋に一礼したという話を妻から聞いた。私の胸は激しく痛んだ。
迂闊にも私は、転勤の件を事前に息子に話さなかった。少年時代父の転勤で転居を繰り返し、その度どれほどつらく寂しい思いをしたか。そのことを私は忘れていたのだ。
子どもは境遇を選べない。すべては大人の事情で決まってしまう。大切な友と別れるという人生の一大事が、自分のまったく知らないところで決定されるという残酷さに気付かないとは、私は何と心ない親だろうか。
息子と妻は先に現地に向かった。新しいマンションに着いたら、まず息子に謝ろう。夜の高速を走る車の中で、私はそう誓った。