狭いというしあわせ

ただいまのあとにのイメージ

珍しく早く帰宅した夜だった。夕食後妻は台所で洗い物をし、私はリビングでウイスキーを飲んでいた。ふいにその時「あ、家が広い」と感じた。人生で初めて味わう感覚だった。

思えば結婚以来、家と言えば狭さとの闘いだった。娘がひとりふえ、ふたりふえ、それぞれが成長する間、私たちは少しでも広い空間を求め、引っ越しを繰り返して来たのだ。

娘たちが独立し、主を失った部屋はシンと静まり返っている。そのドアを見ながら私は思った。家が狭いと感じるのは、家族が身を寄せあってけん命に生きている証であり、それはそれでひとつの幸せの形なのかもしれない。そしてこれからの私たちの人生とは、その空いた場所を夫婦で静かに埋めて行くことなのだ。

リフォームするか。胸にそんな想いが浮かんだ。

この記事をSNSでシェアする

関連記事

湯気がある家

岩崎 俊一
たまたま以前住んでいたマンションの前を通りかかった時のことである。明かりが灯った一階のその部屋から、...
ただいまのあとにのイメージ

道に教えられる

岩崎 俊一
マンションから続く並木道で何人もの人を追い越しながら、この街の人は何故こんなにゆっくり歩くのだろう、...

世界一長い7日間

岩崎 俊一
こずえ様。 単身赴任から3ヶ月たちました。40歳を過ぎての初体験はきついだろうと覚悟していましたが、...